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Author:薫
衣/冒険はしない
食/お酒のおつまみ系
住/かながわけんみん。

小笠原、移籍へ-パ・リーグ、一時代の終焉-

<日本ハム>小笠原内野手が巨人へ
2006年11月22日(水) 11時52分 毎日新聞

 フリーエージェント(FA)宣言している日本ハムの小笠原道大内野手(33)が22日午前、東京都内のホテルで巨人と2回目の交渉を行い、巨人入団の意向を表明した。
 交渉で、巨人の清武英利球団代表は4年契約などの条件を提示。交渉後に会見した小笠原選手は「最初から4年を提示してもらって本当にうれしかった。ジャイアンツにお世話になりたいと、代表にもお伝えした」と語った。残留を求める日本ハムとはこれまで3度の交渉を行い、3年契約15億円(推定)の提示を受けていたが、小笠原選手は態度を保留していた。
 清武代表は「大変うれしいの一言」と述べた。提示した年俸は「現状(推定3億8000万円)維持に近い」といい、4年16億円程度とみられる。
 小笠原選手は千葉市出身。暁星国際高(千葉)からNTT関東を経て96年ドラフト3位で日本ハムに入団した。00年から5年連続で打率3割を記録。今季は打点、本塁打の2冠に輝き、日本ハムの日本一獲得に大きく貢献した。【田中義郎、深町郁子】

[ 11月22日 16時7分 更新 ]





小笠原の移籍に際して…感情論で語れば尽きないし、色々な言葉が出てくると思う。
いや、逆か。
感情で語れと言われたら、何も言葉が出てこない。
それぐらい思い入れの強い選手だ。

ただ、20日のオーナーの言葉(敗戦処理発言)で、残留を信じていた私は「ああ、移籍だな」と感じたし、それと同時に、(鈍いことに)ようやく『パ・リーグの風の流れの変化』を感じた。


去年、小坂がジャイアンツに移籍し、今年はオリックス・谷、日本ハム・小笠原もセ・リーグへ行ってしまった。
加えて、日本球界の至宝とでも書いておこうか、西武・松坂は憧れのメジャーリーグへと挑戦状を叩きつけた。

各球団の顔とも言える選手たちが、この短い期間でパから消えていったことに、パ・リーグはひとつの時代を終え、新しい時代が到来したのだと、ふと思った。

この流れは、思えば去年の千葉ロッテマリーンズの優勝から始まったのかもしれない。

「歴史ある」日本シリーズの舞台で縦横無尽に駆け回ったのは、西岡、今江らまったく新しい選手たち。
その代償…と言うにはあまりに理不尽な、けれどルールに則ったかたちで、小坂はパ・リーグから姿を消した。
シーズン中には初芝が引退し、翌年には、諸積が引退した。

分厚い本の一ページをめくるように、少しずつ少しずつ、新しいものの到来はあったんだろう。
それに、私が実感として感じなかっただけで。


そして今年の日本ハム。
日本プロ野球界の重鎮たちが言うところの、「歴史ある」「独特の雰囲気のある」日本シリーズの舞台には、小笠原や金村、勿論新庄もいたが、主役はダルビッシュであり、八木であり、田中賢介であり、森本ひちょりだった。

かれらは「歴史ある」日本シリーズの重みなど感じないかのように、去年のロッテの若い選手たちのように、はつらつと、「楽しそうに」プレーして私たちを魅せた。

その「重み」を感じることのできる選手たち、すなわち「一時代の」主役たちは、それぞれのかたちでパ・リーグから去っていく。


ポスティングの是非、メジャー流出への是非、そしてFA制度の是非。
もちろん今の形がベストだとは思わないが、これも一つの流れとしては必要なのではあるまいか?と、思った。

小笠原の残留を思うとき、きまって小田選手のことを考えたりしていたのだ。
小田は、小笠原がいる限り、このチームにおいては代打でしか生きられないだろう。
それを思うと、妙な気分になったのも事実だ。

彼はその存在が大きすぎた。
その存在は絶対的支柱として、それと同時に大きく重い蓋となり、若手の成長を阻害するものでもあるのでは?と。

今回の小笠原の決断は、そういう周辺事情も鑑みての決断ではないのだろうか。


一人のスーパースター、一時代を築いたスーパープレイヤーが去ったパ・リーグには、新しい時代を担う若いスーパープレイヤーが登場するだろう。

それはダルビッシュであり、八木であり……今成かもしれない。